寛永通宝の種類は数百種類大きく古寛永銭と新寛永銭に分けられる

ひと昔前によく見られていた時代劇に「銭形平次」というテレビドラマがありました。
最高視聴率が35.5%で、平均視聴率が20%ですから多くの方が当時、テレビに釘付けになりました。
その主人公である銭形平次が悪人を退治する時に投げていたのが貨幣「寛永通宝」です。
この「寛永通宝」は、寛永3年(1626年)に、水戸の佐藤新助によって造られたのが始まりです。
幕末までの260年という長い間、鋳造・流通したため、その種類は数百種類にも及びます。
その為、「寛」の文字の最後の跳ねが虎の尾のようになったものや、寛永通宝の文字が長いもの、また背に「文」・「元」・「足」・「長」・「小」・「千」・「久」・「盛」などなどの文字が入った寛永通宝も見られます。

現在では寛文8年(1668年)以前までに鋳造された寛永通宝を古寛永銭、寛文8年(1668年)以降に鋳造されたものを新寛永銭と区別されています。
また、新寛永銭は、背面に波型文様のあるひとまわり大きい4文銭とそのほかが1文銭があり銅や鉄で鋳造されました。
さらに!新寛永銭の4文銭には、波型文様が 21 波のものと 11 波のものがあります。

古寛永銭と新寛永銭は書体が大きく違っており簡単に見分けることができます。
古寛永銭は、「寶」の字の「貝」の下の部分が「ス」になっています。

↓こちらが古寛永銭です。「貝」の下の部分が「ス」になっているのかお分かりになるかと思います。

古寛永銭

 

一方の新寛永銭は、の「貝」の下の部分が「ハ」になっています。

↓こちらが新寛永銭です。「貝」の下の部分が「ハ」になっているのかお分かりになるかと思います。

新寛永銭

 

ちなみに、江戸時代、お蕎麦一杯が約16文で、現在の520円ほどと言われていますから、1文あたり約35円に相当になります。
形状は、円形で中心部に正方形の穴(孔)が開けられており、表面には「寛永通寳」の文字が上下右左の順に刻印されています。

寛永通宝には、一般的に使用された通用銭と通用銭を鋳造する時の母型(ぼけい)となった母銭に分けることができます。
この母銭は、通用銭と比べて、材質や寸法に違いがあり、通常銭よりほんのわずかだけ大きく、文字なども鮮明という特徴があります。

気になる価値ですが、全体的に古寛永銭より新寛永銭の方が希少価値が高く高値で取引がされています。
また、さきほどご紹介をした母銭は、通用銭の数十倍や数百倍の価値にもなることがあります。

通用銭でも希少価値が高い寛永通宝であれば、30万円もの値が付くこともあります。

 

寛永通宝についてもっと知りたい方はこちら

 

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